最近、山歩きに関してちょっと心境の変化が生まれました。
この文章を書きながら、少しばかり考える時間を設けてみようと思います。
先日、コモ子ブログダイジェストで下半期の活動をまとめていたところ、最近の記憶が薄いということに気付き、その原因について考えてみます。
また、独り身になってからおよそ5年間走り続けてきましたが、その間のレビューと次の5年間について考えてみようと思いまして、この記事を書いていきます。
まずはこの5年間を振り返ってみる
ブログのタイトルに副題として添えている”北海道の山・海外マラソン・海外ひとり旅”。
最近はコロナの影響で、道外に遠征して本州の山々に積極的に登っていますし(普通の人と行動が逆というツッコミは入れないで欲しい)、コロナの直前は海外でも山に登っています。また最近はそれ以外のことも積極的に書いているので、ブログの定義がやや曖昧になってきました。
ただ、それでも基本路線は変わらないのかなと。
で、この5年間の行動をざっくりと数えてみると、山歩きの日数は国内だけの集計で96日、海外渡航は延べ38か国。
独り身になったことで時間も経済も自由にコントロールでき、ソロの時間をより充実させられるようになったのは当然のこと。
でもそれよりも、自分の心と向き合うことによって、ソロの時間を大切にできるようになったことの方が大きいと感じています。
属性でいうところの”壮年男性は孤独になる傾向”の象徴のようなタイプの僕ですが、それを認識しているからこそ、逆手にとってソロの時間を大切にしています。
こうしてブログに書き残し続けていくことも大切な時間。
さて5年前、2016年からの活動を振り返ってみると、初年度は生活基盤を再設計するような1年。
初めて、ソロで海外旅行に行ったのはこの年1月の台北でしたね。
翌年。2017年は独り身になって2年目となる年で、僕にとってのターニングポイントとなる1年。興味の対象、言い換えれば心からワクワクする対象が、それまでの北海道の山から海外渡航へシフトしていった1年でもありました。
特にソウルマラソンとホノルルマラソンに参加して以来、興味の対象に海外マラソンが加わり、それ以前から興味があった、ゴビマーチやナミブレースへの参加も現実的になってきたように感じます。
2018年にはバイクの交通事故で3か月くらい積極的な活動が出来なかったものの、翌2019年にはそれを取り戻すがごとく、韓国を中心に15回の海外渡航も果たせました。
特に、ブログをきっかけにキナバル山に誘っていただいたことが一つの転機となり、自分でプランを立てて行動できたことによって一つの成功体験を生み出し、同年には台湾第2峰の雪山にも登ることができました。
こうした世界を舞台にやってみたいことはまだまだたくさんあるものの、所詮はただの会社員。日本を離れて遠くへ行けば行くほど時間がかかるため、仕事をしながら続けるには活動の選択と時間の集中投下が欠かせなくなります。
そこで今後の人生ではあくまでも仕事を辞めることはせず、限られた休日のうち何を犠牲にするのかについて、深く考えてみる必要がありそうです。
たまに立ち止まって現在地を確認することが大切
このようにフルタイムのサラリーマンをしながら休日は走り続けてきた僕ですが、冒頭に書いた通り、最近の国内での山歩きに関して記憶が薄いことに気付き、しばらく立ち止まって考えてみる必要性を感じています。
前述した「限られた休日のうちで、何を犠牲にするのか」。この部分と重なる感じがしています。”犠牲”ではなく、”どこに集中して時間配分するか”と言うほうが適切かもしれません。
今年度の具体的な山行に関して話をすれば、11月の熊本阿蘇高岳、早池峰山、10月の燧ヶ岳、安達太良山、秋田駒ヶ岳あたりに関しては、夜間の活動やガスの中での活動が多く、充実感はあっても心から楽しめていなかったのだなということに気付かされます。
山歩きは悪天候でも楽しみを見出すことができるもので、例えばスキーヤーは曇り空でも滑りが楽しめれば良しとできるでしょうし、お花が好きな人であれば雨でも高山植物を楽しむことができると思います。
僕自身も結果的には体力維持になるしリフレッシュもできるわけですが、こうして数か月経ってから振り返ってみると、やはり印象が薄い。心の声に従うと「充実感はあったけれど、楽しくはなかった」となるのです。
これはいかんな、と。
寒い、暗い、日光を浴びていないなど、いわゆる冬鬱のような状態で山歩きをしているせいなのかもしれません。
海外や道外であれば、事前に航空券の予約をしないとならないので、その性格上”決行”は仕方ないかもしれませんが、統計上では晴天率が高い季節や地域はあるものなので、最初からそこを狙えばいいはず。
これからは事前に情報をしっかりと集め、焦点を絞って計画を立てようと思うのです。
地元北海道であっても一緒。連休だから、休みだからといって、気分が乗らないのに無理に山に入ろうとしない。趣味で楽しんでいるはずが、何だか自分に課した責務のようになってきてこれはマズいと。そう考えると、何だか気持ちがスッと楽になった気がします。
だから、オフシーズンのような時期も出てくるだろうし、シーズンによって遊び方の棲み分けをしていくかもしれません。現にここ数年、冬はほとんど海外旅行を中心に遊びを組み立てていた感じがします。
心の底から「この山に登りたいな」「今行きたいな」と思う時を除き、遠出してまで惰性で山へ行くのはやめよう、その時間で本当にやりたい事に向けてしっかりと情報収集したり計画を立てたりしよう、そう考えています。
雪山は美しくて感動するけれど、僕にとっては楽しいと感じるのは残雪期から無雪期なのかもしれない
息を飲むほど美しい山岳風景に感動した経験は、今までほぼ積雪期だったと振り返ります。
通年、山に登っている方であれば異論はないのかと。
だけど、冬場は晴天率も低くて陸路の移動にも時間がかかるので、日帰りで遠出するのは難しいんですよね。チャンスも少ない。
それと「感動した」や「充実していた」と「楽しい」は似ているようで異なっていて、僕はもっと「楽しい・ワクワク」を追求したい。
「楽しい」は、計画時からワクワクする感情が動機になっていて、その成否は晴天であることが欠かせなくて、結果として残雪期から初雪までのシーズンなのかなと。
これはあくまでも僕の経験則。
登山を長く趣味としている方は、総じて積雪期に偏重していくイメージがありますが、今の僕は残雪期から秋までの山が好きなんです。
次の5年間でやり遂げたいこと
”50歳までに海外マラソン50レース参加”とか”1年間で日本百名山完登”など、タイトなスケジュール感で数値目標を掲げましたが、自分の中ではスローガンみたいな位置づけ。それを超えてもいいし、それ以下でもいい。
それらの数値が大切なのではなく、そのくらいのスケール感で進めたいという感じ。
しかし、何度も繰り返して発言していると潜在意識の中に刷り込まれてきて、手段が目的のようになってきてしまいました。これは良くない。
そこで心の声に従って、次の5年で本当にやってみたいことを並べてみることにしました。
- サハラ砂漠とアタカマ砂漠を走るウルトラマラソンに参加する
- 環島(台湾を自転車で一周する)
- 南北・中央アルプスの主要なルートを夏に集中して歩きつくす
- アバチャ、キリマンジャロ、モンテローザに登る
- ドバイ、モスクワ、デリー、シドニー、ナイロビマラソンに参加する
どれもそこそこの体力と10日程度の休日が必要になりますが、決して無理ではなく手に届く範囲です。やれるかどうかというような無理な話ではありません。
決定的に異なる点は、”何となくやってみたい”と思うか、”実際にやろう”と思うかの違い。
とは言え、これまでのように行き当たりばったりとはいかず、相応の計画と準備が必要。
これらに焦点を当てて年間の休日計画を組み立てていき、残りの時間でアジア圏のマラソン大会参加や、日本全国や台湾の山歩きなどを継続して行けばいいのかな、と考えています。
2021年は、まだまだ海外旅行は自由にできないと見立てていますから、来期は夏のアルプスに向けて時間配分と体力強化に努めようと思います。
山を歩いている時間は自分にとってとても大切。ただ、これからはもう少しスケールの大きいことができるように、その山行が本当にやりたい事なのかどうかを吟味してから行動したい。時間があればとにかく山へ行く、連休だからどこかへ行かなければもったいないという義務感とは、これから決別しようと考えています。本当にやりたいことを常に追い求めていこう。
僕にとって、”新鮮さ≒好奇心を満たすもの”を感じる異国の風景に身をおくことが、最もワクワクすることなのだと思う。山歩きやマラソン大会もそこに”新鮮さ”を感じられるかどうかが”楽しい”のポイントなのかもしれない。”異国”の風景に”趣味”をかけ合わせて”楽しさ”を倍増させる。行動の動機は”好奇心”なのだと思う。この傾向はまだまだしばらく続きそう。飽きるまで。
地元北海道の山は大好きだし、十勝連峰も大雪山も日高も知床もいつだって感動するけれど、新鮮味は薄れてきていて、ワクワク感をあまり感じなくなりつつあるのが本音。頻度を下げていくかもしれません。
海外マラソンにはいつも興奮します。今まで参加したレースでつまらなかったと感じたレースは、一つもない。走るのが楽しいというより、あの雰囲気が好きなのだと思う。これは走れる限り続けていきたい趣味。
2回目の海外旅行は2016年のクアラルンプール。あの時感じた空気は今でも忘れられず、これからもずっと通い続けると思う。
キナバルのラバンラタ小屋で見た積乱雲。あんな空は北海道の山では見ることができない。こういった体験をこれからももっともっと追い続けていきたいと思う。