今日は仕事がお休みだったので、久しぶりに母とお友達のしんちゃん(以下、登山の先輩としての敬意を込めてK女史と記述)との三人で登別温泉に行ってきた。
このメンバーは純粋に山仲間。でも今日は山歩きをしていない。
三人で初めて山に登ったのは、もうかれこれ20年以上前だったと思う。行き先は余市岳。
当時、母は50代中盤で山歩きを始めたばかりだったし、私も登山2年目くらいだったと思う。すでに登山歴30年以上だったK女史も還暦前後くらいだったのではないか。
それから私が結婚して静岡県に転勤となり、転職して北海道に戻り、さらに転職して離婚してと目まぐるしくライフイベントが起きたので、山歩き自体から相当遠ざかっていた。
すでに40歳近くになった私が山歩きに復帰し、それからここ10年間はずっと共にしてきた大切な山仲間だ。
親孝行をしながら、趣味を共にできる。なんと素晴らしいことだろう。
2012年の遊楽部岳あたりから、大雪山や十勝連峰をメインに、秋のチロロや海別岳、東北の山々など、まあよく行ったものだと思う。厳冬の海別で行動時間11時間とか、笠新道往復20時間とか、知人から「老人虐待」と冗談交じりで揶揄されたことだってある。
そして山の季節の移ろいとともに、歳月は過ぎていく。
人は老いていくのだ。
登山道では彼女たちの姿をいつも後ろから見守っていた私としては、新緑の春先はアポイや塩谷丸山で、花が咲き乱れる初夏は十勝連峰や表大雪で、紅葉の秋は旭岳はもちろん、月山や安達太良山なんかで過ごしたことをつい先日のように思い出す。
こうして刹那に感じてしまう登山を毎年積み重ねていくと同時に、老いゆく姿を見て、いつか山に登れなくなる日が必ずやって来るだろうことを、リアルに感じてもいた。
そしてそういう時期が訪れたなら、大雪高原沼巡りとか、雨竜沼湿原や野付半島の散策といったピークを踏まずにフィールドを楽しめるようなプランも考えていた。
そんな矢先、2020年にコロナ禍に見舞われた。
山に登る機会が一気に減り、そのタイミングで二人とも後期高齢者となった。K女史は元気とは言ってもすでに80代だ。コロナで体力も一気に衰えた。
そしていよいよその時期がやって来たようだ。
今日、登別温泉へ向かう車中、「この間、藻岩に登るのに2時間かかった」、「アポイはもう無理」、「スノーシューや大型ザックは全て売り払った」というような会話を聞くと、二人ともほぼ同時に山歩きを自ら幕引きしたようだ。
少なくとも彼女たちにとって、ビッグマウンテンは過去のものになったことがうかがえる。
そう、山歩きから卒業したのだと思う。
私の中には二つの気持ちがある。
もうこのメンバーで山に登ることはほとんど無くなるだろう、という寂しい気持ち。
もともと私は一人でいても寂しいとは思わないタイプだけど、すでに居る仲間がいなくなるのはやはり寂しいと思う。
一方でこんな気持ちもある。
これからは後ろ髪惹かれることなく自分の好きな山や海外旅行に全集中できる、と。
冒頭で親孝行と書いたが、自分の中では山へ一緒に行くことを、どこかで子としての責務と思っていたのかもしれない。
それには以下の背景があったことも理由の一つだ。
自分で運転するという選択肢がない彼女たちにとって、年齢制限によって登山ガイドさんによるツアーから外されてしまったことにより、体力の低下という問題以上に、行きたい山に行けない理由が増えたということだ。
ある意味、それを救済できるのは私しかいないと思っていて、心のどこかで連れて行く(おこがましいがそういう表現にしておく)ことを義務に思っていたのかもしれない。
いずれにせよ、これからは私が行きたいと思ったタイミングで私が行きたい山へ出かける、そんなフェーズに移行するのは確かなようだ。
しかし、今日のようにただ温泉へ行きご飯を食べて帰って来る、そんな今までよりも薄っぺらい1日を過ごすのも楽しいと思う。私自身も成熟してきたのかもしれない。
そして年齢は離れていても、この仲間はいつまでも大切にしたい。
風呂好きの3人、これからは温泉をメインに、美味しいご飯、運が良ければピークを踏まない山歩きや観光ができれば満足できるフェーズに移行しようと思う。