2024年9月にツールドモンブラン(以下「TMB」)を4泊5日で歩いてみた。
いつかヨーロッパアルプスを見てみたい、そんな風に漠然と憧れている方や、実際にTMBを歩くことを検討している方に向けて、役に立ちそうな情報をまとめておこうと思う。
はじめに
頭の中で「私もいつかは」とぼんやり描いていたが、実際に行けるとは思っていなかった。
モンブランやマッターホルンといった超有名な山々が、どの国のどこ辺りに位置しているかも知らなかったし、そもそもTMBの存在すら知らなかった。
後々になって、かの有名なトレランの大会「UTMB」の舞台がここであることを知ったくらいだ。
そんな私がこの計画を具体化し始めたのは、イタリアへの出張が決まりかけた頃だった。せいぜい3カ月前だっただろうか。
ヨーロッパへ行くこと自体が初めてだったこともあり、イチから調べることになった。具体的にはGoogleマップとあらゆるウェブサイト、kindle本を読み漁りながら、情報を集めていった。
いろいろなウェブサイトやkindle本を参考にさせてもらったが、欲しい情報を探し出すのに苦労した。パンデミック以前の古い情報が多かったし、数ページにわたるボリュームのあるブログから必要な箇所を探すのもなかなか大変だった。
生成AIも駆使した。それでも見つからない情報もあった。
そこでこのページでは実用的な内容をまとめておき、必要な方に向けて必要な情報を届けられればと思う。
TMBとは
TMBはフランス、イタリア、スイスの国境付近に広がるアルプスの山々をぐるりと周回するトレイルだ。
詳しくはこちらのサイトをご覧いただきたい。
この山域には欧州最高峰のモンブランのほか、グランドジョラスなど標高4,000mを超える山々が連なっている。
まずそもそもTMBは、この山域のいずれのピークにも登らないし、かと言って山腹を歩く箇所もそれほど多くない。その周囲に点在する市街地に近いトレイルであったり、市街地を挟んだ対岸にある山々のトレイルあったり、そういった場所を歩きながらモンブランの山域を眺めることが目的と言ってもいい。これが私の印象。
総距離は約170km、獲得標高は10,000mを超える。公式には7日~10日をかけて60時間を歩くのが一般的と説明されている。ファストハイクがメインの私は4泊5日で歩いたものの、山行時間は51時間かかっている。しかも公道を歩いた区間も多いし、一部は車に乗せていただいた。
そもそも170km÷60時間は、荷物を背負って平均時速3kmくらいで歩くことになる。これは相当早いペースだと思う。もっと時間が上振れすることを想定しておくべきだろう。
ただ、TMBは1本の登山道ではなく、派生する多くのトレイルや一般道を歩くこともできるので、距離や獲得標高は各自の歩くルートによって大きく変わる。体力レベルや自分の好み、宿泊ポイントや天候などによって、ルートの作り方は様々だ。要するにこの山域をグルっと一周すればTMBだと言えると思う。
季節や天候の話
TMBの適期は6月から9月上旬と言われている。
私が歩いたのは2024年9月13日~17日だったので、シーズンが終わるギリギリの時期だった。それでもまだ多くのハイカーが歩いていた。
標高が高い場所では雪が降って路面に少々の積雪があり、朝晩は霜が降りてテントがバリバリに凍るくらい寒かった。もちろん高山植物などほとんど見られない寒々とした景色だ。
実際に多くの山小屋は9月15日で営業終了になるようだ。
それと当地は寒暖差が激しい。
9月上旬でも日の出時刻は午前7時、日没は午後8時頃という点も考慮したい。日本国内では午前4時くらいから行動開始しがちだが、純粋にそれを3時間程度遅らせて活動したほうが良い。午後5時を過ぎて、やっと日本の午後2時くらいという感覚で歩く。超朝型人間の私にはこれはツラい。
日本からTMBを歩くために9月に行く人は稀なケースだと思うが、長年北海道で暮らしている私でも寒いと感じたくらいなので、装備には気を付けて欲しい。
スタート地点、周回方向、街々の位置関係の話
TMBはどこから歩き始めても良いと言われているし、時計回りでも反時計回りでもどちらでもいい。
でも多くの人はフランスのシャモニー(Chamonix)を起点として、反時計回りに歩いているようだ。シャモニーが起点となる理由は、行程中の最大の都市だからだろう。アクセスの良さも見逃せない。
実際日本から現地へ行く場合、スイスのチューリッヒに入り、そこからジュネーブを経由するなどしてシャモニーへ行く人が多いようだ。
フランスのパリやドイツのミュンヘン、フランクフルトからの陸路も検討したが、これだとかなり遠い。飛行機を乗り継いでスイスへ行くのがベターだと思われる。
一方で私はイタリアのクールマイユール(Courmayeur)を起点として反時計回りで周回した。
理由は出張先がミラノだったからだ。
クールマイユールは行程中、二番目に大きな町だ。シャモニーとはモンブラントンネル1本で繋がっていて、バスでも移動できる。私が行ったときはちょうどトンネルが全面通行止めだったのでそれが出来なかった。
ちなみに正規のTMBのスタート地点はフランスのレズッシュ(Les Houches)という街で、ここにはスタート地点のモニュメントがある。どうしてもこだわりたい人はここからスタートするかもしれないが、一般的にはシャモニーからスタートするのが定番だと思われる。
TMBの経路上に点在する街々
TMBのコースを忠実にトレースすると、シャモニーの街は通過しないようだが、多くの人はシャモニーにも立ち寄ると思う。シャモニーには宿泊施設や飲食店がたくさんあるし、スーパーもあるので食料の調達も容易だ。
その他に食料調達ができる街やポイントがいくつかある。
シャモニーからレズッシュへ、その次はレ・コンタミンヌ(Les Contamines)だ。徒歩だとやや遠いが、ここまではバスも頻繁に走っているので、思い切ってバスを利用するのもいいだろう。
レ・コンタミンヌの先は長い。フランスとイタリアの国境となる峠を越え、さらにかなり歩いてクールマイユールまで行かなければ、山小屋と牧場以外に人はない。コースタイムでは約21時間と書かれているので、実際には25~30時間くらい見積もっておいたほうがいいと思う。私も踏破するのに18時間くらいかかった。
クールマイユールの先も結構長い。イタリアとスイスの国境となる峠を越え、かなり下りきったところにあるフリー(La Fouly)の集落へ着いて初めてスーパーマーケットがある。
その後はシャンペックス湖(Champex)にスーパーがあり、フランスに入ってからTMBを外れて里へ下りるとアルジャンティエール(Argentière)の街に着く。アルジャンティエールからシャモニー、そしてレズッシュまでは飲食店が点在しているし、バスや電車も走っているので安心だ。
キャンプと山小屋
山小屋を使いながら計画的に歩くのであれば、現地の山小屋を事前予約する必要がある。
宿泊施設の一覧はこちらのリンクを参考にしていただければと思う。
ただし予約の競争率が高いのでハイシーズンの予約は困難だ。私のようにシーズンに入ってから具体的な計画へ移行した者には、選択肢が限られる。
一方で計画を臨機応変に修正しながら歩きたい、あるいはコストを切り詰めたい人にはキャンプがおすすめだ。私もこのパターンだった。
山小屋の予約が取れなくてキャンプ場の情報が欲しい人が多いと思うが、あまり心配は要らないと思う。
キャンプ場の数は多いし、設備も充実している。そもそも一帯は観光地なので、車でアクセスできる箇所にはたいていオートキャンプ場がある。
それでも所在については事前にリストアップして地図上にプロットしておいたほうが良い。
ザックリ言えば、山岳地帯にはキャンプ場がなく、街や人家があるところにはキャンプ場があると思ってよいだろう。山小屋に併設されているケースもあるようだ。
計画段階では前項の点在する街々でキャンプをし、山岳地帯を歩いて次の街でキャンプをする。そんなイメージでスケジュールを組めばよいだろう。山中で泊まるのはオプションにしておいたほうが無難だ。
キャンプ場の検索はGoogleマップでcampingと入力するだけでもかなりヒットする。
さらにOpenTopoMapには、キャンプ場のマークが付されている。詳細は不明でも、とりあえず場所だけは確認できる。私はヤマレコアプリでログを取りながら歩いたので、このマップでキャンプ場の目星を付けながら歩いた。
指定地以外でのキャンプはいくつか条件があるらしい。フランスは自由な一方で、スイスとイタリアでは基本的に禁止されているようだ。フランスではRefuge des Mottetsからイタリアとの国境付近への登り斜面で数組のハイカーが山中にテントを張っている姿を目撃した。だいたい19時頃だった。
他方、特にイタリアはクールマイユール以外に街がないと言っていいし、キャンプ場と山小屋のいずれにも泊まれない場合はビバーグ以外の選択肢がない。
イタリアでは日没後から日の出前までのビバーグなら可能なようで、実際に私もそうした。と言うかそうせざるを得なかった。
なお、今回私が利用したキャンプ場は次の通り。
- Tronchey(イタリア)
- Roccailles(スイス、シャンペックス湖)
- Camping Les Arolles(フランス、シャモニー)
- Refujio Combalの手前約500m(イタリア)
このうち最後の一か所だけビバーグだ。
装備の話
持ち物は日本のテント泊装備と一緒である。季節や何日間の予定で歩くのかをもとに調整すればよいと思う。
考慮すべき点として、最高地点の海抜は2,500m程度だが、一番低いであろうシャモニーでも海抜1,000m程度はあるということ。
それでもかなり軽装でストックを持ってガシガシ登っている人が多い印象。ストックはあったほうが良い。ある山域だけを日帰りで登っている人と、TMBのように長い日数を歩く人が混在しているいので、一概には言えないように思う。
シューズはトレランシューズで十分だ。
あとは日差しが強く感じられるので、日本よりもサングラスが必需品だと思う。
クールマイユールへのアクセス方法
国外からのINもOUTもイタリアのミラノを起点とした。
ミラノからクールマイユールへ行くにはバスを使うが、中継地のトリノ(Torino)、アオスタ(Aosta)へは列車でも行ける。
ミラノから乗り換えなしでバスで行くには、メトロ1号線のLampugnano駅直結のバスターミナル始発のArriva Busに乗る。
ミラノマルペンサ空港からクールマイユールへ行くには、フィレンツェ発のFlix Busに乗ってトリノまで行き、同じ停留所で乗り継いでクールマイユールへ行くのが安くて便利だ。
トリノは日本人にもよく知られた街だが、Aostaはあまり馴染みがないと思う。クールマイユールまで約35kmの距離で、バスも30分から1時間に1本の間隔で運行されているようだ。
Flix BusもArriva Busもネットで事前予約と決済ができた。Tripドットコムのサイトから予約したものもある。乗車時も運転手にQRコードを読み取ってもらうだけなので、特に苦労することはない。
Arriva Busの当該ページのリンクはこちら。下記に2024年12月31日まで有効の時刻表も載せておく。
繰り返すが、上記は2024年12月31日まで有効の時刻表なので、最新情報は別途確認していただきたい。
さらに下記は主にスイス側のバス路線。コース上のある地点からショートカットしたり、エスケープするのに利用する価値はある。詳細はTMRのサイトを確認してほしい。
言葉の問題
私は日本語以外は話せず、英語もほとんど聞き取れないと言っていい。
そもそもイタリアではイタリア語が話されているし、スイスとフランスではフランス語になる。
欧州へ行ったことがなかった私はEUと一括りに考えていたが、実際は別の国々である。当たり前のことだ。
まあそれでも何とかなったので、あまり心配しないで欲しい。
お金の問題
キャンプ場では現金を使ったが、スーパーマーケットやベーカリーではクレジットカードが使えた。
ユーロの他に50スイスフランだけ用意したが、シャンペックス湖のキャンプ場ではユーロも使えるようだった。そもそもコース上でスイス領内を歩く距離は比較的少ない。街や山小屋も限られる。
だからスイスフランを用意するにしても少額でこと足りるだろう。
飲料水はどうするか?
水はいたるところで調達できる。
トレイルにも市街地にも人工の水場があるので困らない。
山中にも無数に沢があるので、そこで取水することも可能。
浄水器を使うかどうかは各自の判断になるものの、私はこれまでの登山経験からリスクは低いと判断してそのまま飲用した。
季節にもよるが、寒い時期で調理もしないのであれば、常時1リットル程度を携行しているだけで十分だと思う。
トイレの問題
トイレもそれほど不自由はしないと思う。
まずキャンプ場には水洗トイレがあったし、街にも公衆トイレがあって無料で使えた。私の記憶している箇所だけでも、クールマイユール、フリー、シャンペックス湖、フォルクラ峠などいたるところにあった。
山小屋にももちろんあるだろうが、私は利用しなかったので、正直言って詳細は分からない。
ただ、男性がその辺で用を足している姿を何度か見たし、女性もトレイル上にザックを見えるように置いて茂みに入っていく姿も見た。
そもそもトレイル上は放牧中の牛の糞だらけだ。
日本からヨーロッパまで行ってトレッキングをするような方であれば、それなりの登山経験が有ることだろう。お花畑や水場で用を足すような人はいないと思うので、作法をそのまま適用すれば問題ないと思う。
ゴミの問題
ゴミ箱もあちらこちらに設置されていて、これはどの国でも一緒だった。
とは言え、宿やキャンプ場でまとめて処分させてもらうのがベターだと思う。
スマホの充電とアプリ
最後に充電とアプリの話。
今やスマホなしでは旅行はできない。水や食料と並んで充電も必須になる。
宿に宿泊すれば充電ができる。多かれ少なかれキャンプ場にも充電スタンドがあるので、心配不要だ。それでもモバイルバッテリーの携行と、スマホは常時機内モードにしておくなどの工夫も必要だろう。
変換プラグはCタイプを使用する。USBで充電できるケースもあるが、時間がかかる点が弱点だ。
アプリに関しては前述のように私はヤマレコ(有料版)を使用した。事前にルートをダウンロードして起き、機内モードのままログを取り続けた。
位置関係や現在地を確かめるため、地図を見る機会は多い。いくら標識が整備されているとは言え、それだけを頼りに歩くのは難しいだろう。
おわりに
とりあえず一通りの情報を網羅したと思う。
国内で登山慣れしている人であれば、決して難易度は高くない。総距離が170kmと長いが、自分のペースで1日の歩行距離を決めればいいだけだ。
まとまった時間が取れない場合、市街地をショートカットして美味しいとこ取りをやる人もいるようだ。選択肢としてはこれだってありだと思う。
一生に一度の機会だなんて捉えず、何度も通うつもりで気軽に取り組んだほうがいいと思う。
費用が最も高いのは欧州往復の航空券であり、それ以外は工夫次第で節約できる。私も行動食を日本から持参し、現地で購入したのはパンとチーズ、チョコとスナック、そしてビールだけだ。いくら物価が高いとはいえ、そのレベルの買い物であればたかだか知れている。
航空会社によっては欧州往復は10万円程度から可能だ。つまり全部コミコミ20万円もかけずにTMBを実行することができる。
イメージは動画の方が伝わりやすいので私の動画リンクを貼っておく。